福岡地方裁判所直方支部 昭和44年(ワ)4177号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、本訴について
本件建物及びその敷地がもと訴外伊田賢三の所有であつたこと、同訴外人が信用組合と金融取引契約を結び右債権を担保するため信用組合に対し右物件につき根抵当権設定契約を結び、その旨登記したこと、その後同訴外人は本件建物につき原告と期間三年、賃料一月三万円、賃料全額前払の短期賃貸借契約を結びその旨登記したこと、信用組合が前記根抵当権に基づき、当庁に不動産競売手続開始決定申請をなし競売手続が開始されたこと信用組合が原告を被申請人として当庁に対し不動産仮処分申請をなし、当庁が昭和四三年一〇月一五日昭和四三年(ヨ)第四五号不動産仮処分決定をなし、訴外伊田と原告との間に結ばれた前記短期賃貸借契約を解除し、原告は信用組合に対し本件建物を明渡すことを命じたこと、右仮処分異議及び同年(モ)第一六二号仮処分命令停止決定申立事件につき、当庁において昭和四三年一〇月三一日の第一回口頭弁論期日に原告と信用組合との間に裁判上の和解が成立したこと、右和解調書には第一項として原告は信用組合に対し昭和四四年五月一五日限り本件建物専用部分を明渡す、第三項として信用組合が本件競売開始決定の申立を取下げ、原告が右競売手続に参加し本件建物及びその敷地の競落人となる機会を失わしめたときは(法律上に従つた正当な理由ある場合は除く)原告は信用組合に対し第一項の義務を免れ、若し既に明渡し後の場合は直ちに信用組合は原告に対し右明渡部分を引渡して原状に復せしめること、なる記載があること、信用組合が前記競売手続において昭和四四年一月一一日金一五〇〇万円をもつて自ら本件建物及びその敷地を競落したこと、信用組合が当裁判所執行官中西哲雄をして前記和解調書に基づき本件建物専用部分につき建物明渡し強制執行をなさしめたこと、は当事者間に争いがない。
原告は信用組合が本件建物及び敷地を競落した行為は和解条項に定める信用組合が原告の競落人となる機会を失わしめたものであつて当然和解条項により明渡義務を免れたものであると主張するので考えるに、<証拠>を綜合すると
訴外伊田は本件建物につき原告と賃貸借契約を結ぶ以前、訴外溝口国男と賃貸借契約を結び原告が昭和四三年二月一〇日ころ入居する以前までに訴外溝口がこれに入居していたが、原告入居に伴い原告が本件建物専用部分を占有し、訴外溝口は本件建物の一部であり、その裏側に当る部分を占有する状態になつた。
かかる状況にあつて原告は訴外溝口を被告として当庁に家屋明渡し請求事件を提起し、同訴外人は原告を反訴被告として家屋明渡請求事件を提起し、訴外伊田は原告を相手方とし、福岡地方裁判所飯塚支部に不動産仮処分申請、当庁に不作為債務の作為除去命令申立をなし、加えて信用組合が訴外伊田及び原告を相手方として当庁に対し、本件仮処分申請をなし、前記のとおり原告と訴外伊田との賃貸借契約は解除され、原告は信用組合に本件建物の明渡しを命ぜられるところとなつた。原告は右仮処分決定に対し異議を申立て、第一回口頭弁論期日において、和解が成立したが、本件建物については信用組合と原告及び訴外伊田の外訴外溝口にも利害があることから、当裁判所において同訴外人を利害関係人として参加させ、和解条項第二として、訴外溝口は、信用組合が申立てた本件競売手続において原告が、木件建物及びその敷地を競落したときは、直ちにその占有部分を明渡し、また、訴外溝口が右物件を競落したときは、原告は直ちにその占有部分を同訴外人に明渡す、こととし、第六項として、訴外溝口は原告が信用組合に明渡しを約束した昭和四四年五月一五日まで原告が本件建物で靴販売業を営むに必要な店舗の天井、壁の修理、棚のとりつけ、それに必要な装飾及び電灯の設置をなすことを認めることとし、各当事者間の合意成立しその旨記載された。そして、右和解条項第二項が定められた理由は前記事情から訴外溝口と原告が本件建物について争い、信用組合申立の本件不動産競売手続において両名とも競落してその所有権を取得し紛争解決を計ろうとする意思があつて両名のうちいずれかが競落した時は他がこれより退去することを合意し、競売手続においていずれがこれを競落するかによつて紛争解決することを目的として規定された。信用組合としては原告が明渡し義務あることを認めれば、競落を仮定して合意する原告と訴外溝口との条項に関心なく右両名の競落の機会を与えるために競売手続を信用組合の都合で取下げないようとの申入れを受けてその協力を約束し、信用組合において四回競売期日が指定されるよう努力する旨原告及び訴外溝口と合意した。かくして本件和解成立に至り、紛争解決は本件不動産競売手続の競落の結果によることとなつたが、信用組合は訴外伊田に対し元利合計一六一八万三、七九五円の債権を有し、本件競売申立によりその回収を計つたが、和解成立後の競売期日は第一回、第二回とも競買申出人がなく、目的物件の最低競売価額は低減し、昭和四四年一月一一日の第三回競売期日のそれは一〇九八万円となつた。原告は右期日においてこれを競落しようと考え、直接原告が競買の申出をするなどいたずらに訴外溝口を刺激し価額が上昇するおそれもあり、又競売手続に不馴れなこともあつて訴外青見徳次郎を事実上自己の代理人として競売手続に参加させることとし、同訴外人が右期日に競買申出をした。他方信用組合は最低競売価額が債権額を下回りこの回収困難を覚り場合によつては債権額に見合う価額でこれを競落し債権回収を計ろうと考え、競売期日毎に出頭して状況を見守つていたが前記第三回期日に訴外青見が競買申出をなしたその価額が一〇九八万二〇〇円であつたのに他に競買申出もなかつたので自ら競買申立をなし同訴外人とせり合い、結局一五〇〇万円で信用組合が競落した
ことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく信用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。右認定事実によれば本件和解条項第三項に規定された信用組合が競売手続を取下げないという趣旨は原告と訴外溝口とは、ともに本件物件の所有権を取得する意思があり、いずれかが競落することにより両名間の紛争を解決しようとする両名の意図があつて信用組合としても債権回収を計れさえすれば目的を達するのであるから右解決方法に反対することもないので組合自身の都合で取下げをしないことを合意したものであつて信用組合が競売手続に参加し原告又は訴外溝口或は一般第三者とせり合いこれを競落することを禁ずる趣旨のものと解することはできない。けだし信用組合とすれば債権回収のためには競落価額が債権額を下回つて損害を受けるのを放置することはできない事情にあることは債権者として当然であり信用組合の利害に関係する重要な制限ともいうべき競売手続不参加の約束があるなら複雑な本件において当然これを明記すべきであるのにこれなく又前記事情から原告に対し信用組合が原告又は訴外溝口が競売物件の所有権を取得する機会を与えるため信用組合の都合のみで競売手続の申立を取下げないことを約束する以上に原告の競落に信用組合が便宜を与える事情もなく、本件和解成立の時に、本件建物は原告と訴外溝口が占有していることから原告としては競売手続に参加するのは訴外溝口及び原告以外にあるまいと考え、信用組合が参加することは予想もしなかつたので信用組合が競売手続に参加することについては和解成立の際に協議することもなく従つて何らの合意も成立していなかつたものであつて、和解条項には信用組合の競売手続参加を禁ずる趣旨の内容は含まれていなかつたと認められるからである。
よつて原告の本件和解条項に信用組合が本件土地建物を競落してはならないことを含むとしてその違反を請求原因とする本訴請求は、その余の判断をまつまでもなく理由なきものといわなければならない。
第二、反訴請求について
被告は原告の本訴請求は濫訴であると主張するので考えるに、なるほど原告の本訴請求は前記認定のとおり理由がないけれども前記認定事実によれば本件事案は極めて複雑であるうえ、和解条項も又複雑であり和解が成立するに至るまで当事者間で相当協議が持たれたものと推認されるが、原告は訴外溝口との紛争に注意を奪われ信用組合が競売手続に参加するとは予想もせず原告の競落に協力してくれるものと考え本件和解成立に至つたため原告と信用組合の和解条項は不明確なところも含まれているものであつて結局原告と信用組合との本件和解条項の内容は訴訟によらねば明確にし得ない事情にあるものといわねばならない。従つて原告の本訴請求を濫訴ということはできず、従つて被告の原告に対する損害賠償反訴請求もその余の事実を判断するまでもなく理由がないものといわねばならない。 (早船嘉一)